DQN架空鉄道探訪シリーズ
豪華寝台列車「泰騨」
イタリア製の超高級スポーツカーを降りた二人は、専用の豪華な改札から秘密の地下通路を経由して、カーペットの敷かれた13番ホームに出た。この日デビューする豪華リゾート寝台列車「泰騨（たいたん）」が、静かに、豪華に、乗客を待っていた。純白の制服を着た車掌長が、二人を豪華な笑顔で迎えた。
男は40歳くらいか、精悍な顔つきの長身。女は20代だろう。小柄な全身を豪華なブランドもので固めている。二人は24号車「スペシャルエグゼクティブデラックススイート」に案内される。リビングにベッドルームと、バスルームとトイレがそれぞれ二つ。展望バーとサウナ、茶室も付いている。
「静かね。こんなに広いとは思わなかった」
女が言う。
「この列車のために駅も大改造したそうだ。ここはカメラを持った鉄道マニアの連中からは完全に遮断されている。やつらはこの13番に近づく事さえできないし、どんなに騒いでも我々には聞こえない。やつらは存在しないに等しい」
車掌長がシャンパンを持って現れた。
「ようこそ泰騨へ。乗務員一同、お二人を心より歓迎いたします。素晴らしい鉄道の旅をお楽しみください。車内の簡単なご案内とこの先の停車駅を…」
「いや、あとでいい。少し休みたいのでね」
「かしこまりました。例の特別ご注文のものはどういたしましょう？」
「ありがとう。忘れていたよ。すぐに頼む」
「かしこまりました」
車掌長が出て行くと、すぐにノックの音がした。
「どうぞ」
扉が開くと、ワゴンを押して特に豪華ではないエプロン姿の女性が現れた。ワゴンは新幹線などで見かけるのと同じようだった。
「お弁当に、お飲物…」
「コーヒーをください」
「コーヒーですね」
女性は紙コップに保温ポットからコーヒーを注ぐ。
「どうぞ。ミルクとお砂糖はこちらに」
「ありがとう。もういいよ」
「失礼いたします」
男は紙コップから旨そうにコーヒーを飲む。
「特別注文って、なにかと思えば紙コップのコーヒー？」
女が呆れている。
「どうもこれを飲まないと気分がね。悪かったね、こういう育ちなんだ。実はこっそりシウマイ弁当も買ってきている」
「ばかね」
「さ、豪華なカフェに行こうか」
二人は部屋を出ると短い廊下を歩いてエレベーターに乗った。一気に５階まで上がる。扉が開くと展望ラウンジだ。眼下にはテニスコートとプールも見える。
「すっごーい！」
女が目を輝かせる。
「クレー射撃場もあるそうだ」
「すごい。こんな豪華な列車初めて。夢みたい！」
二人は展望ラウンジのカフェでコーヒーと景色を楽しんだ後、展望台に上がる。やや尖った形の先端まで行くと空中に立っているような気分になった。
「空を飛んでいるみたい！」
両手を大きく開いた女を後ろから男が支えた。
「素敵」
部屋に戻り、カーテンを開くと、確かにこの列車が地上を走っているのがよくわかる。遠くの山々が夕日に染まり、727化粧品の看板がこちらを向いている。落ち着く風景だと男は思う。
「着替えなさい。食事に行こう」
「シウマイ弁当は？」
「あとで。君の分もある。２個買ったんだ」
「そんなにいらないけど」
女が着替えている間にテレビをつける。13番線をめぐる「撮り鉄」の暴動でけが人が出ているというニュースが流れている」
「くだらん」
テレビを消し、男も着替えた。彼女がこの列車を喜んでくれているのは素直に嬉しいが、自分はB寝台の狭い個室でシウマイ弁当のほうが似合っているような気がしたし、そんな鉄道の旅が好きでもあった。
ドレスアップした二人は再び部屋を出て、吹き抜けのロビーから豪華なエスカレータでレストランフロアまで上がる。豪華な展望レストランでワインと食事を楽しんだ。車窓には満天の星が。レストランの大きな窓が外界との一体感を演出している。
「すっごい。素敵。銀河鉄道に乗っているみたいね」
「岩手の？」
「ちがうよ。メーテルが乗っている方の。ゴダイゴの！」
「ずいぶん古いな。何年生まれなんだ？でも岩手の夜空も、こんな感じなんじゃないのかな。というか、今岩手を走っているのかもしれないよ」
「いちいち夢を壊さないでよ」
「岩手の空にだって夢はあるさ」
「もう…」
豪華な食事を終え、二人は部屋に戻る。
「シャワー浴びるね。こっちのバスルームで。一緒に入る？」
「そうだね。向こうの檜風呂はあとのお楽しみだ」
ダンスパーティやコンサート、テニスなど豪華な列車の旅を楽しむ二人の二泊目の夜が明け、豪華な朝食が部屋に届く。朝の車窓は流氷が美しく輝く海岸だった。
「素敵…」
彼女の笑顔に満足しながら、男は豪華なカップでコーヒーを楽しむ。
「どこまでもずっと流氷なのね。きれい…」
海沿いの左カーブを豪華な速度で曲がり終え、加速しながら直線に入ったとき、豪華な制服で決めた主任運転士は前方の異常に気づいた。
「あ」
氷山だ。本線上を大きな白い氷山が漂い塞いでいる。
「氷山です！」
その一言だけを通信司令所に送り、主任運転士は非常ブレーキ操作をした。重い豪華列車の制動距離は長い。
「止まってくれ！」
運転士の叫びを無視するように、「泰騨」は豪華な速度でまっすぐに氷山に向かっていく。