対岸軌道

国境の河は思っていたよりもずっと幅が狭く、対岸がよく見えた。
晴天で無風。かえって緊張する。

河の向こう側には、コンクリート製の監視塔が一定の間隔で立ち並んでいた。警備兵たちの表情までは読み取れないが、オリーブグリーンの制服と肩の小銃は判別可能だ。

監視塔や銃は他国からの侵入に備えるというよりも、自国からの脱出者への対策のようで、兵士の半数以上はこちらに背を向けている。相手を刺激するのでカメラは絶対に出さないようにガイドが繰り返した。

鉄道マニア向け秘境ツアー、「対岸軌道の旅８日間」の参加者は１２名。ガイドを含めて全員男性だ。幾つかの国を経由してこの国境まで３日間。この旅最大のハイライトはもちろん、ここからの対岸見物だった。腕時計を覗いたガイドが下手な英語で我々に言う。時間は正確ではありません。待ちましょう。

対岸に木製と思われる柱が並び、架線が見える。向こうの電力事情は良くないというが、果たして電車はやってくるのだろうか。無風に感じていたが、河の上は空気が流れている。皆、緊張で言葉が出ない。カメラバッグを開いて500ミリF8のミラー望遠レンズを付けたカメラを出したい衝動にかられるが、対岸の兵士が持つ双眼鏡が私たちを威圧する。

来た。来たんじゃないか？
ここに来て一時間以上が経過したころ、誰かが言った。
奇妙、というよりも異常な金属性のノイズがきこえてくる。
ここまで届いてくるのだから、かなりの騒音に違いない。

鈍く光りながら、それは現れた。ジュラルミンの電車。流線型の残骸を残す、おそらくもとは航空機だった外装。バラバラになったパネルを乱暴に組み直してある。不釣り合いな大きさのパンタグラフをひとつ載せ、対岸をゆっくりと、騒々しく走っている。あえて形容するなら、バラック建ての電車といったところだろうか。

　形状から判断して運転台は片方にしかない。航空機用をそのまま使ったらしい小さな窓からは乗客の有無を確認できない。
　我々は幻を見ているのだろうか。こんな電車が営業運転をしているらしい。まさに鉄道の秘境だった。思わずポケットからコンパクトカメラを取り出し、構図も決めずにシャッターを切った。ガイドが飛んで来たが、そのままポケットにしまうと何も言わなかった。

　対岸を走り去る別世界の電車を、われわれはただ呆然と見送り、ガイドに促されてマイクロバスに乗り込んだ。