かにさば霊波動鉄道

発車した「実車輌」のいちばん後に、私と案内人はいた。うしろに続くはずの霊車輌は私には見えない。しかし、見えている彼女の瞳には霊車輌が映っている。

　私の心は大きく揺れた。これは何かのトリックなのか？コンタクトレンズに何か仕込んでいる？

　「ほら、ご覧なさい・・・」
　案内人の女性が右手を後方に指し示す。
　「あ・・・」

　実車輌に続く空間。レールの上が虹色に光っていた。私は見たのだ。
　「あ・・・」
　「霊車輌の波動が光の屈折を変化させているのです」
　言葉が出ない。まだ信じられない。何かのトリックではないのか？しかしそんな私の全身を細かい振動が襲った。全身がふるえていた。
　私が抱えている大小様々な問題、悩みが細かく分割されていく感覚が生じた。それは最初、豆腐を賽の目に切るような柔らかい感覚として現れた。そしてすぐにそれらは細かい粒子となり、最後はソーダ水が弾けるように消えていった。いままでに体験したことのないような幸福感だった。

　「私たちと一緒に歩んでいきましょう」
　案内人の女性は、いつのまにか大きな蟹になっていた。私は驚かなかった。得体の知れない充実感があった。水虫のことなどどうでもよかった。

　これまでのド鉄探訪の皮肉っぽい視線を反省した。かにさば線は素晴らしい。私はこの素晴らしさを、多くの人々に伝えていかなければならないという使命感に目覚めていた。
　私は全宇宙の良心にあたたかく包まれている感覚を心地よく味わいながら、かにさば線のために残りの人生を生きることを誓った。

　私は貫通路のドアを開き、霊車輌の待つ後方に、一歩を踏み出した。私は光に包まれて幸福だった。すでにレポートを続ける意志は消滅している。頭の中を循環する「発メロ」が私の背中を押し、次の一歩で私は完全に実車輌の外に出た。
　（完）