DQN架空鉄道探訪シリーズ
ラッキートラム
「案内」という腕章をした危なそうなオヤジが近づいてきた。
「兄さん、ラッキーしに来たの？初めて？案内しますよ。案内は無料だから安心して」
任侠団体トップの趣味で始まり、市民の足として定着した路面電車、通称「組長電鉄」が始めたというイベント列車「ラッキートラム」の噂を聞いて十数年ぶりにこの町に来てみると、いきなり案内人の登場である。組長が代替わりしてから登場したのがラッキートラムだという。それにしてもいいトシのおっちゃんを捕まえて兄さんとは。まぁいいか。
「まぁ、そんなところです。初めて」適当に答えてみる。
「一回やってみればわかるから。簡単だから」
イベント列車を「やる」とはどういうことなのか。
駅前ロータリー脇の目立つ場所にある切符売り場に案内された。
窓口の上に大きな液晶画面があり、
「ラッキートラム 先発 １号車 59 ２号車 60」
と表示が出ている。
「あー、ちょうどいいんじゃないかな。ほら１号車あと一人。乗っちゃう？」
ラッキートラムは車両指定の記念乗車券のみが発券され、１号車２号車の券数が同じになると出発する。案内人に言われるまま、１万円也の記念乗車券を窓口で買う。ハガキより一回り小さいくらいのカラー印刷の切符で、背中の見事な刺青が美しい女性の写真がデザインされている。
一緒に乗ってやるよと勝手についてきた案内人と共に１号車に乗車する。新車の匂いがする低床の連接トラムである。上品なのか下品なのか判断に困る制服を着たアテンダントの女性が笑顔で迎えてくれる。運賃は無料だが特急料金と車両指定料金で１万円。安くない、というか高い。乗車時間は数分らしい。高級そうな酒が並ぶ車内のバーカウンターを抜けて奥に進む。思ったほど客は乗っていない。
「60人乗るんじゃないの？」
案内人に尋ねると、切符買ったお客さんが全部乗るわけではないんで、と曖昧な回答だ。ウイスキーの水割りをもらってソファに座る。車両は指定だが自由席だ。
「ラッキートラム51号、発車しまーす」
アテンダントの明るい声でアナウンスがあり、電車が静かに動き出す。
「ラッキートラムにご乗車ありがとうございます。素敵な路面電車の旅をお楽しみください。さっそくではございますが、お楽しみ抽選会を始めます」
１号車と２号車の中間部分にイベントコーナーがあり。パーティーグッズとして売っているような安っぽいダイスシェイカーを中心に乗客たちが集まっている。
「では抽選しまーす」
笑顔のアテンダントがボタンを押し、サイコロが跳ねる。
「出ましたー！サブロクの半！サブロクの半でーす。１号車の皆さんおめでとうございまーす！」
微妙に感じていた殺気が緩む。
「兄さん当たりだ」
案内人も笑顔である。
「LT51からLT指令」
車掌がマイクを持って通信をはじめた。
「ご苦労さんです。LT51どうぞ」
「LT51サブロクの半、サブロクの半ですどうぞ」
「LT51は半、LT指令了解」
「以上LT51」
路面電車は元の駅前に戻っている。あっという間の豪華路面電車の旅であった。
「ご乗車ありがとうございました。１号車のお客様にはキャンディーをプレゼントします。またのご利用をお待ちしております」
下車時に小さなキャンディーの包みをもらった。
「兄さんついてるね。ビギナーズラックっていうのかねこういうの」
「どうなったの？」
「ダイスで半が出たんで奇数号車に乗ったお客さんが当たり」
「このキャンディーは？」
「当選の景品。安心してよ、へんな混ぜ物ないから。ただの飴玉。次行くよ」
「次？」
「飴貰って帰る奴いないから」
案内人について、さっきの切符売り場の近くにある「チケットショップ」に向かう。
「記念乗車券買い取ります」
と大きな看板がある店のガラス戸を開けて店内へ。
「当たり号車の切符は幸運を呼ぶっていうんで高く買ってくれるんだよね。見て」
カウンターの上の大きな液晶画面を見る。
「ラッキートラム記念乗車券 本日分 LT51号１号車 １万9000円」
とある。
「何あれ？」
「買ってくれるんだよこの切符。この刺青のお姉さんの切符。１号車の」
「高すぎでしょこれ。ほぼ倍じゃないか」
「いいじゃない買うって言ってるんだから。プレミア価格つーのかね。それだけの価値があるんじゃないの」
「でもこれ博打って事に…」
「何言っての兄さん、飴もらったでしょ。サイコロの事はあれで終わりだって」
「え？」
「この店はただ切符が欲しいんだよ。趣味の鉄道チケット屋。売らないの？それとも俺にくれる？」
「こんなに高く買い取ってどうするんだろう。どこからそんな金が」
「難しいこと考えなくていいって。売るの売らないの」
「うーん」
「１万円はイベント列車の切符代。高級酒飲み放題。どっかのぼったくり寝台列車なんかより良心的。イベント抽選会で飴玉当選。以上。問題ある？」
「うーん」
「売るの売らないの」
「うーん」
「売るの売らないの。いや、別にどっちでもいいんだけどね」
「決めた。売らない」
「え！？」
「この切符売らない」
「え？何でよ。そんな奴今までいなかったよ」
「これ売ったらね、なんかダメな人になってしまいそうでね」
「ダメって何が」
「別にこれが犯罪だとか違法だとか言うんじゃなくてね、個人の感想です」
「もったいない。どっちがダメ人間だかわかんないよそんなの」
「悪いね、へんな奴で」
「別に俺が損するわけじゃねぇけど」
「この刺青の姉さん気に入ったし、持って帰るよ、今日の記念に」
「あ、それね、そのコの刺青写真集売ってるよ。出たばっかり。券売所の隣の売店で。切符売って写真集買って帰りなよ。DVDもあるし、何なら会える店紹介するけど」
「いろいろやってるんだね」
「先代のボスの時は電車が走っているだけで満足だったんだけどね、今はいろいろとね」
「それで刺青DVDを」
「そう。これも半分は趣味かもね。どう？買って行けば」
「いや、この切符は売らないで帰るよ。案内してくれてありがとう」
「わかったよ。気が変わったらまた来てよ。あと、買取は乗車当日限りね。あとで文句言わないでね」
「わかったわかった。じゃあ、行くよ」
記念切符をそのまま鞄に入れ、あきれ顔の案内人を残してボス電の町を後にした、のが10日ほど前だったか。その後の報道で、ラッキートラムは運行休止が続いていることを知った。何かがマズかったのだろう。
鞄から記念乗車券を取り出し、これを売らなくて正解だったかもしれないと思った。１万９千円出してもコレを買うことができなくなるかもしれないのだから（そんなに出してまで欲しいとも思えないが）。この刺青の女性に「会える店」はまだあるのだろうか、とも考えた。あっても行かないだろうけれど。