DQN架空鉄道探訪シリーズ

組長電鉄

一介のド鉄レポーターには危険すぎる相手である。これまでこの会社について調べ始めたジャーナリスト二人が相次いで行方不明になっているという噂もある。
　私はこの会社の資金源について解明しようなどとは思っていない。ただ乗ってみたかった。それだけなのである。そこのところを関係各位はよくご理解いただきたい(笑)。

ＪＲ西日本の新幹線を降りる。仮にＡ市としておこうか。バスのロータリー、林立するオフィスビル。大きな地方都市の駅前はどこも変わらな い。そのロータリーに、真っ黒に塗られた異様な路面電車の姿があった。正式名称はＡ市交通電鉄、通称「組長電鉄」の電車である。有限会社Ａ市交通電鉄は、赤字に苦しむＡ市の市電部門をそっくり買い取って始まった私鉄で、歓楽街、競輪場、オフィス街、おおきな団地や大学、さらには刑務所など市内各所を路面電車網で結んでいる。そして特筆しておかなければならないのは、この電車、「全線無料」なのだ。

タコ焼きとお好み焼きの屋台が併設された駅前の電停から、漆黒に金の帯が入った電車に乗る。運転席には大柄なスキンヘッドの男が黒ずくめのスーツ姿で座っている。
　「どうぞどうぞ奥へ。無料でございます」
　意外に愛想がいい。

有限会社Ａ市交通電鉄というのはＡ市に本部を置く任侠団体が設立した企業で、一部の広告収入を除いて全面的にこの団体に依存した経営をしている。そして、Ａ市交通電鉄の社長とは、この団体代表、つまり組長なのである。社会奉仕を掲げるこの団体が交通インフラの整備を言い始めたのは、現在の社長、つまり組長の代になったときからだそうだ。これが大の電車好き。広大な屋敷の中に模型鉄道網を整備しているうちはよかったのだが、ついに本物に手を出した。市民生活の向上のために自腹を切って市電の危機を救うのだという建前だが古くからの幹部組員からは猛反対を受けたらしい。何のシノギにもならんと。

　しかし組長は頑張った。飲食店や風俗店が密集する地帯、競輪場など公営ギャンブル場や地下カジノに至るさまざまな拠点を結ぶ路線を強化し、電車以外の高収益活動の結果をすべて投入しようとしている。特に地下カジノと粉っぽい禁制品の独占販売による収益が大きいらしいが・・・これ以上はド鉄協の守備範囲を超えてしまうし命も惜しい。

　究極の俺様鉄道とも言える組長電鉄は、それでも市民からは「組電」「ボス電」などと呼ばれ、親しまれている。なにしろ無料であり、運転本数も多く安定している。強面の大男やケバいお姉さんたち社員は愛想がいい上に、車内での迷惑行為は徹底的に排除してくれる。組長電鉄として運行開始後一週間のうちには、痴漢行為をはたらこうなどという命知らずは皆無になったという。現行犯でボコボコにされた上、素人には手を出すなと系列の風俗店に客として送り込まれ大金を巻き上げられるのだという。また、ギャンブル路線では高利ながら電車内で金も貸してくれるらしい。裏側で悲惨な事が起きている予感はあるが、目の前の無料にはかなわないのだ。市内全電停に露店もある。

　私と数名の女子高生を乗せた組長電鉄の電車は駅前を滑り出した。風俗店や闇金融のつり広告が揺れる。
　「えー本日はどちら様も組長電鉄をお引き立てくださりまして誠にありがとうございます。この電車ただいま定刻にてＡ駅前を滞りなく発車いたしましてＡ刑務所前まで安全運転で参ります。運転をいたします私、ご覧の通りしがない若造でございますが誠心誠意安全運転につとめます・・・・・」
　長い長いアナウンスの間に次の電停に着く。
　「組事務所前、組事務所前でございます」
　若いながら渋くよく通る声がさらにマイクで増幅されている。高校生たちは気にする様子もない。人間何事にも慣れるものなのだろう。
　入り口からは真っ黒や真っ白の分かり易いスーツを着こなした組幹部級と見える男たちと、全身を豹柄で包んだ若い女が乗ってきた。
　「ご苦労さんです」
　運転手は席を立ち直立不動で挨拶をすると、「運賃箱」とかかれた大きな白木の箱を差し出す。男たちは次々に、そこに札束を投げ込んでいく。最後に女も数枚の紙幣を投げ込んだ。
　「ありがとうございます。どうぞ奥へ。発車しますんでおつかまり願います」
　運賃箱とは何なのか。この電車、無料じゃなかったのか。あの札束。あれだけの運賃を請求されたらどうしようか。「現金すぐ貸します」天井で揺れる闇金融の広告。思い切って隣の女子高生に小声で訊いてみた。
　「この電車、運賃とるの？」
　高校生は教科書に視線を落としたまま、平然とふつうの声で答えた。
　「カタギは無料なんです」